私はその日も、どこかへ向かっていた。
いつもと変わらぬ道順を、いつもと変わらぬ速度で歩いていた。
周囲のサウンドが普段より気になり、あたりを見回しているとき、
ふと、ある店先の黒っぽいガラスのショーウィンドウが目に留まった。
私はそこで足を止めた。
ショーウィンドウに、"こちら側の世界" が映りこんでいた。
青い空、流れる雲、道路標識や信号、色とりどりのクルマ、
道行く人々の雑踏、繋がれた犬の鳴き声、古ぼけた自分の姿―――。
「何かをお探しですか?」
声に気づいて我に帰ると、店員の身なりをした男性が笑顔で立っていた。
どうやら私は長いこと「ショーウィンドウ」を見つめていたらしく、
その背中を一押しして購買に踏み切らせてやろうとでも思ったらしい。
しかしもちろん私は、もともと中の商品など見てはいない。
「なんでもないです」
再びこちら側の世界の雑踏に紛れた。
人々が流れゆくのと同じ方角に、歩き出した。
――何かをお探しですか?
確かにあの中には、欲しいものなどなかった。
しかし、「欲しいもの」そのものならば確かにあっただろうと思う。
私はあの場から、何を見つけようとしたのだろう?
ちっぽけなガラス張りの世界から。
くだらないな。
日が暮れ、あたりは暗くなった。
人の密度も疎らになっていった。
あちらこちらの家々には電灯がついた。
私は近くの歩道に腰をかけ、缶コーヒーを飲み、休憩した。
そしてそのまま意識が途絶えた。
目が覚めたときには、交番の中だった。
酔っ払いのように眠っていたが、酒の成分は検出されなかったと
彼らは不思議がっていた。
「飲んではいないけど、酔っていたんです」と答えた。
おそらくであるが、私が探していたのは、帰る場所だろう。